脳梗塞の再発防止に本人、家族が出来ること

血液さらり

脳梗塞体験談集

脳梗塞の母を家族みんなで、一丸となったサポートを

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私の場合は、母が数年前に脳梗塞を患いました。

前日の夜までは正常に生活してたにも関わらず、朝起きたら言葉がでない・刻一刻と身体が動かなくなってくるという症状でした。

後遺症が残り、記憶、言語、計算能力などに障害

気付いたときに速攻で病院へ連れていきましたが、やはり後遺症は残り、母の場合は記憶や言語・計算の能力などに不自由が出ました。

身体の方は目立った障害は残りませんでしたが、冬などは本人としても《何か違和感がある》といった感じはあるようです。

入院期間は3ヶ月と長めにとりました

その間、病院で作業療法等のリハビリに励み、本人もとても真面目の取り組んでいました。
そして退院する頃には家族の名前や住所等も言えるようになり、簡単な計算や読み書き程度はできるようになりました。

病院から家に帰ってきてからも母の努力は続きました。
少しでもリハビリになるようにと、手帳に日記を書くようになり、本の書き写しや計算ドリル等も進んでやっていました。

今までできたことが出来ないのは苦しい

ただ、今まで当たり前にできていた、字を書くという事や買い物での支払いのため小銭を出すという事が、スムーズにできないことにとても苦しんでいたようです。

『なんでこんな事ができないんだろう』と情けなくなることもあったようで、こんな姿を人に見られたくないという思いで、外出するのも避けるようになってきました。

しかし脳の動きに障害を患った母にとって、人と会わず、身体を動かさない状態が続く生活になってしまうのが、一番好ましくない状態です。

日中は私も仕事に出ているため、その間は家に母がひとりで留守番という形になります。
そうすると誰とも話さず、そのため言葉を出すという事が再び不自由になっていくのです。

せっかくの母の努力がどんどん逆戻りしてしまう、私も含め親戚の皆がそう危惧しました。
そのため皆で相談し、母を外に誘い出し畑作業等の無理のない程度で身体を動かす仕事を任せてみる事など、各々で出来ることをするようになりました。

努力の甲斐があり健康な人と変わらないぐらいに回復

絶え間ない母自身の努力や皆のサポートもあり、脳梗塞を患って2年が経つ頃には、ほとんど健康な人と変わらない程度までスラスラと話ができたり計算もできるようになりました。

そうすると人と会うことも抵抗が少なくなってきて、久々に会う友達と遊びにいくなども出来るようになりました。

ただやはり、完全とまではいかないため、本人もじれったい思いはあったようで、母の場合は症状が症状なだけに《自分は認知症なんじゃないか?》と思うようになりました。

その不安をポロポロと漏らす度に、『お母さんは病気をしたから仕方ないんだよ、最初から比べたら信じられないくらい良くなったじゃない!』と、プラスに思考を転換してもらえるように話を持っていくなどしました。

脳梗塞にも色々な症状がありますが、周りの人が一丸となってサポートするのが本当に大切だなと実感しています。

そして母本人に対するサポートもそうですが、一緒に暮らしている家族にも、相談に乗ってくれるなどの心を掛けてくださる有り難さは何にもかえがたく、本当に感謝しかありません。

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