祖父の様子がおかしいなと感じたのは、今思えば夏のとても暑い日でした
入浴を終えた祖父が急に発した一言で家族は絶句したのを覚えています。「目の前が真っ暗になったけど」という一言でした。
お風呂で突然倒れたり、リビングで気絶したわけではないけれど、この言葉は、家族全員に激震を与えました。
それまで祖父はとても元気で過ごしており、家族としては何の変化も感じ取ることができませんでした。
祖父はもともと内向的な性格で仕事を退職して以来、自分の本当に必要な用事以外ではほとんど外出することはありませんでした。
しかし、今思えば小さな変化はあったのかもしれません
その本当に必要な用事でさえも外出しなくなり、家族で外食に行こうといっても「自分は行かない」と言うようななりました。
後に、祖父に聞いたことですが、目は突然ではなく、徐々に見えずらくなっていったのだということでした。
しかし、その事実を認めるのが怖くて、ぎりぎりまで自分で何とかしようと試みていたということでした。
例えば自分で目に良いと言われる健康食品を探して購入して飲んでみたりとかそういったことですが、祖父は祖父なりに自分でなんとかしようと努力していたことを知りました。
徐々に見えずらくなった目は、自分が普段生活している生活スペースでは、どこになにがあるのかわかっているので生活に大きな支障はなかったということでした。
しかし、初めて訪れる場所は、勝手がわからず困ることも出てくるため、外出は極力さけるようにしていたのだと思います。
もっと、日常の祖父の変化に早く気がついていれば結果は大きく変わっていたのではないかと思うと今でも後悔の念が残っています。
祖父の目が見えなくなったことを初めて知った日、早速、祖父は地域の総合病院で診察を受けました
原因は、脳梗塞によるものでした。
家族全員の脳梗塞のイメージは、リビングで突然倒れたり、後遺症に片麻痺が残ったりするものであったので、目が見えなくなるといったことは正直、予想外でした。
医師によると今までも何回か脳梗塞を起こしているのではないかとのことでした。しかし、脳梗塞にも様々なものがあり、本人が自覚できないような小さなものから大きなものまであるということを初めて知りました。
それから、祖父の様々な検査が始まりました。目が再び見えるようになるのか、見えなくても少しだけでもましになったりすることはないのか、家族は一丸となり、脳梗塞に関する情報を収集したり、大学病院の先生が名医だと聞けばそこに祖父をつれていったりと奔走する日々が続きました。
そんな奔走もむなしく、祖父の目は改善することなく、現状のままでした。退院し、日中は自宅で過ごす日々でしたが、目が見えなくなってからというもの、日常生活にも支障をきたすようになっていました。
祖父が寝ていたベットは、いつもの寝室から家族みんながいるリビングに設置され、だれかが必ず祖父の傍にいることで日常生活をサポートしました。